2019年06月07日

桃山御陵(明治天皇陵)

***** 明 治 天 皇 陵 *****
桃山御陵(明治天皇陵)はウォーキングのコースでもあり、ここまで来てここから折り返して戻る。
この明治天皇陵に6月12日に上皇ご夫妻がご参拝に来られるニュースを見た。
天皇御退位の報告だそうで、ここ桃山御陵の参拝で一連の御退位に伴う行事がすべて終えられるそうだ。
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posted by T.Hatayama at 11:38| Comment(0) | 京都

2019年05月09日

金戒光明寺:2019 京都非公開文化財特別公開

***** 金 戒 光 明 寺 *****

5月5日に京都非公開文化財の特別公開を見に行った。
始めに聖護院門跡を拝観し、次にその東にある黒谷の「金戒光明寺」へ回った。
ここまでは歩いて行ける距離。金戒光明寺は増上寺、善光寺などと同じ浄土宗大本山の一つ。
京都市内の北東部、南禅寺の北にあり、「くろだに」さんとしても知られているお寺。
今回、金戒光明寺の山門が特別公開されているので拝観してきた。

先日、二条城周辺の史跡巡りをした際の説明で、二条城は戦には不向きのお城で、
徳川家康が大阪城に対抗するために、徳川の威信を現すシンボルとしての役割を持っていたと、聞いた。
この金戒光明寺の広大な敷地と多くの宿坊と京都市内が一望できる北の高台にあり、境内の入り口は目立たぬ造り。守りにうってつけの所としてここと知恩院をいざという時の備えの予備軍の駐屯地として考えていた。
幕末の京都守護職に就いた松平容保藩主以下一千名の会津藩士がここ金戒光明寺を本陣としていた。
今回の特別拝観で初めてここの山門に上がることができた。
遥か南の方に京都タワーが見えていたから、ここからの見通しも良く守りの備えの条件も良かったのだろう。
幕末の戦乱で多数の会津藩士が犠牲となりその墓地が光明寺境内にある。


【 高 麗 門 】

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【  山   門  】

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【 内 側 か ら の 山 門 】
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【 御  影  堂 】
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【 御影堂の横にある熊谷直実の鎧(よろい)掛けの松 】
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【 阿 弥 陀 堂 】
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【  納  骨  堂  】
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【横の石段の上が会會津藩受難者墓地】
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【 極 楽 橋 と 蓮 池 】
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2019年05月08日

聖護院門跡:2019京都非公開文化財特別公開

***** 聖 護 院 門 跡 *****
今年も2019年の「京都非公開文化財 特別公開」を5月5日に拝観してきた。
「聖護院」という名称は、京都の銘菓「聖護院八つ橋」や「「聖護院大根」などで使われているので知っている程度でまだ行った事のない場所である。
京大病院の東のあたりにあると言う事を知っている程度の知識しかない。
役行者の法脈を継ぐ本山修験宗の総本山の門跡寺院。山伏を統括し修験道の本山となっている。
後白河天皇の皇子が四世門主としてここ入室後「聖護院門跡」または「聖護院宮」と称されるようになった。

生前退位で譲位によって上皇になられたのが光格天皇。
その光格天皇がお住まいになられた聖護院門跡の宸殿である。
この光格天皇ゆかりの品が公開されていたが殆どは撮影は禁止されていたが、
この上段の間だけが撮影が許可されていた。


【 山 門 】
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【 長 屋 門 】
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【 宸 殿 前 の 庭 園 】
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【 本 殿 白 砂 の 庭 園 】
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【 宸 殿 上 段 の 間 】
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posted by T.Hatayama at 17:44| Comment(0) | 社寺

2019年05月02日

2019:城南宮「曲水の宴」

****** 城 南 宮 の 曲 水 の 宴 ******

毎年春は4月29日、秋は11月3日に行われている京都伏見:城南宮の「曲水の宴」。
久し振りに見に行ってきた。以前にもこの「曲水の宴」は見に行っているのだが、2006年の秋。
「平成」の世もあと二日で終わると言う事もあって見に行った来た。
2006年の時も冒頭部分だけを動画で撮って YouTube に投稿してるのだがその時はコンデジの
動画機能を使って撮ったもので画像はかなり悪い。
しかし、曲水の宴の内容は今回見てきたものと全く同じだった。
昔から続いてる行事だから同じことの繰り返し。それが守られるからこそ伝統行事になってるのだろう。
それにしても何んとも優雅で風流な歌会である。
この日は庭園の入園料は無料になっている。

【城南宮平安の庭】

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【 YouTube にアップロードした動画】
◆ 撮影:平成31年4月29日



◆ 撮影:平成18年11月3日


posted by T.Hatayama at 18:23| Comment(0) | 京都

2019年04月26日

二条城と周辺の史跡

*** 二条城とその周辺の史跡 ***

二条城の向かいにあるホテルで同窓会の総会が毎年行われている。
その関係で二条城は時間待ちの時によく行く場所ではある。
これも高齢者には無料であると言う京都市の計らいのお陰であるからだ。
4月21日(日)にこの二条城とその周辺にある史跡をめぐる企画があったの参加してきた。
JR二条駅を出発して、そこから二条城まで歩きながら史跡を回るのだが、
現在は簡単な石碑が建てられているだけ。注意をして見ない限り通り過ぎてしまう。


【二条城周辺の史跡碑】
二条城の周辺にはかっては多くの役所が集まっており、その関連の建物があった。
現在はその跡地を示す史跡碑が残されている。

◆ 大学寮跡
平安京の南にあった官吏子弟の教育機関、国立大学に相当する施設の有った所。

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◆ 東町奉行所跡
奉行所は東西に分かれ一か月毎に西町奉行所と交替する。
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◆ 二条城撮影所
日活の前身である横田商会と千本座の座長であった牧野省三が映画をここで撮影。
説明文はピントが甘いので一寸読み辛いが・・・

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【 世界遺産:二 条 城 】
二条城は徳川家康が将軍になるために建てられた城で、家康の本陣でもあった。
建物の随所に徳川家の葵の紋が残っている。

◆ 西 南 隅 櫓
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◆ 南  門 (現在は閉じられている)
現在は南門と外堀の間に橋は無いが幕末の頃には橋がかけられており
徳川慶喜は戦を避けるためこの南門を通って大阪城へ逃れたと言われている。

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◆ 東 大 手 門
二条城の正面入り口となっている。2017年3月に改修が終わり築城当時の姿に蘇っている。

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◆ 唐 門 (別 名:日 暮 門)
二の丸御殿の前に建つのが豪華絢爛の「唐門」である。門を通り過ぎた正面が「二の丸御殿」で
徳川慶喜が「大政奉還」が決められたのもこの場。
随所にみられる天皇家の菊の御紋は京都に入ってきた薩摩軍によって、葵の紋が取り外されて替えられたもの。

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◆ 二 の 丸 庭 園
江戸時代の庭園。後に小堀遠州が改修したそうだ。池には三つの島が並び「八陣の庭」とも言われている。
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◆ 二 条 城 の 内 堀 と 石 垣
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posted by T.Hatayama at 22:15| Comment(0) | 日記